画家の絶筆
東郷青児の絶筆 死の年の80才の作 彼の絵の静かな画境とはかけ離れている作品です。若い頃より女性遍歴を重ね二重結婚や自殺未遂などをしてきた画家の最後の絵です。
黒田清輝「梅林」日本の近代洋画の頂点にいた画家で、早くから才能を認められて爽やかな「湖畔」「読書」など名作も多い、東京美術学校の校長を務めたが青木繁、熊谷守一など授業拒否などにもあって苦悩の日々もあった、晩年に描かれたこの絵は不気味な様相を呈している
瑛九の絶筆「つばさ」縦260cm横200cm200号の大作です、そこに無数の点で描かれたこの絵は瑛九が入退院を繰り返しながら描かれものです。何万何十万という小さな点を打ち続けた画家の執念の産物です。
片多徳郎の「風景」45才で自らの命を絶った画家の絶筆です、食事の代わりに酒を飲みついに酒中毒で入院したりした画家の精神と肉体がぼろぼろと崩れてゆく時に描かれた絵です、それにしては力強い線と動きのある風景が印象的です。
香月泰男 「なぎさナホトカ」黒い川の粒は捕虜の兵士の顔です目の前でばたばたと死んで行く同僚を見ていてもどうすることも出来ない過酷なシベリア抑留体験をした彼は生涯このテーマから逃れられずに晩年は酒におぼれていきました僕が彼のことを描いた絵があります
坂本善三の絶筆「双」2mx3mの大作です、これが目の前にあったらたじろいでしまうような黒の格子、76才の晩年に描かれたとは思えない力強さがみなぎっています。しかし黒のなかにあるものもまた色を失っていてその孤愁ははかりしれません。
岸田劉生「徳山風景」自らの娘を描いた麗子微笑が有名であるがこの絵は下塗りからすこし描き込まれたところで中断されている。38才で亡くなった劉生は毎日2升ほどの酒をあおって晩年は目が見えなくなって亡くなる。壮絶な生き様である
中村琢二「尾道風景」これは琢二が死の4日まえから描き始めて死の前日にサインを入れて完成させた絵である。葬儀はするな香典は受け取るなと自らの死後のすべての事をきちんと準備してから描いた絵で明るい尾道の海が瑞々しい筆で描かれています 享年90才
藤島武二「港の朝陽」いい絵である、亡くなる一月ほど前の作でこの後一ヶ月ほどで享年76才、遺言は即刻アトリエを取り壊し作品は一点残らずすべて焼き払えというものだった。
高島野十郎絶筆「蓮」二間四方の牛小屋に使っていた廃屋で自炊をしながら一人黙々と絵を描いていた。裕福な家に生まれ東京帝大トップで卒業したが学歴、家、世間のすべてを捨てて生涯独身で廃屋でただひたすら絵を描いていた。彼の生涯の謎はいまだにわからない。
小島善三郎「薔薇」いい絵です。自らの世界を追求して行った。ひとつひとつの花びらがとても愛らしく描かれています。絶筆とは思えないない感じです。享年69才
野田秀夫「野尻の花」 享年31才あまりにも短い生涯であった。絵を描いていたのはたったの七年に過ぎない。日系二世で苦難の人生の中で明るく優しい絵を描き続けて行った。
最後のこれは僕の絵です、まだ薄暗い海と空のあいだから太陽が見え始めて来る時刻を描いてみました、まあ絶筆という訳ではないのですがこういう物を描いてみると晩年になって病に苦しみながらそれでも絵を描き続けている画家の気持ちがすこし分かるかなと思いました。

これは画家が命の最後の
炎が燃え尽きるときに
描いていた絵のことで
ほとんどが病に冒されてもう
命がいつまでもつか時間の
問題だというぐらいにまで
追いつめられていた時に
最後まで筆を入れ続けていた
絵である。
だから
生前素晴らしい絵を描いて
いた画家が最後に残した絵は
普段描いていた絵とは似ても
似つかないような絵を描いて
いたり、またある作家は
もう不気味で狂的であると
評されていたり、また
ある画家は自分が
亡くなったら
アトリエと作品は
すべて焼き払えと遺言をして
亡くなった画家もいました。

生活苦、病魔に負けて
酒を一日二升もあおって
尚、癒されぬ精神を抱えて
キャンバスに向かっていた
画家や、また自分が体験した
戦争とシベリア抑留を
最後の最後まで引きずって
酒浸りのなかで描き続けた
画家もいました。
また
キャンバスに向かっても
絵筆をもてず手にしばりつけ
絵の具をそばにいる人に
つけてもらって絵を描いて
いて自分ではもう
サインも入れられずに
代筆で描いてもらって
完成をしたという画家や
癌で利き腕を切り落として
もなお、絵筆を左手に
持ち替えて描き続けて
作品をのこし
やがてそれでも
癌の全身転移によって
命を奪われてゆく画家も
います。

これらの画家たちの
壮絶な生き様は
絵を描くという執念に
常人の感覚を
越えて鬼気迫るものが
ありますね
年齢的にも
31才や38才という
若い時に
この世を去っていった
画家も多く、どこにも
光は見えず命の暗闇を
さまよっていたような
絵が多いです。

しかしその反面
年齢八十を
越えてもなお初々しさを
失わず清潔で澄みきった
絵を描いた画家もいました。

僕は画家ではありませんが
絶筆と言うときがいつか
くるのだろうと自らの
ことを振り返ってみて
その時にどんな絵が
最後の絵になるのかなと
ふと思い描いてみました











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