智恵子抄より

ほんとの空を求め
色とりどりの空を一枚
一枚はがしてゆく
切り抜かれた線の
間からのぞく純白の空
ひとひら ひとひら舞い
落ちる空

新緑と夕焼けを
ひといきにつづめ
時に折り重なり時に
花びらを真似
断ち切りえない 
切断しない
半透明の線はむらがり
その雲の紗幕を通して
空はほんとの青に
近づいてゆく

透明な世界に佇む1人の
人の方角へ白く繊細な指は
祈りのようにさしだされる

花が燃える 美しい人の
目が燃える鳥獣草木 
長い頸をのばし永遠を見る
たそがれ 女は感情の指で 
果実の秋を梱包している 
千疋屋の包み紙の哀しさや
くるみきれぬ愛もまた 
香わしい酩酊であるか

瞳の奥に仄かにゆらぐ 
虹の弧の色彩移動
女は世界を抱え 宇宙の薄明 
めまいの中心へ還る

智恵子はとぶ 人間商売
さらりとやめて
智恵子は貝をひろって
千鳥と遊ぶ

智恵子はとぶ 生と死に
はさまれて
智恵子は薄い空間をとぶ
いのちの地平線で一転し
いぶし銀のちいちゃな鋏に
変化し智恵子は
空を抽象の城に刻む

智恵子はとぶ 視えない
文字を描いて
とぶ智恵子は草書の風
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