佐伯祐三

彼の命のろうそくは
最後の
瞬きをはなっていま
消えてゆこうと
していた。

彼の前には描きかけの
郵便配達夫
があった。

ぐらっと傾いて
倒れそうな
その姿は彼自身のようで
あった

絵筆を握っている
その手は最後に
動いて郵便配達夫の
右目にむかっていた
絵筆の先がふるえていた

そこに大きく見開かれた
黒い瞳が描き込まれた。

それからしばらくして
彼の目は再び開くことは
なかった

かれの傍らで絶筆の
絵の瞳は
まだ見たりない、
もっとたくさんみて
描くんだといっている
ようだった

パリにきてから
佐伯のそばには
いつのころからか
一本のろうそくが
灯るようになった、

じりじりと音を立てながら
ろうそくは燃えた、
自らを燃やして
火を灯しつづけた

はやくしろ命が燃え尽きる
そういっている声が
聞こえてきた

絵筆を握らない日は
なかった
まっしろなキャンバス
を絵筆が
切り裂くかのようなスピード
で走ってゆく

色があふれだす、飛び散る
壁は生彩を帯びキャンバスから
立ち上がる、
線がうなり、人や木立が
描かれていった

一日20号のキャンバスを2枚描いて
いた日もあった、ろうそくの燃え
上がる炎の
ように自らの命を燃やして







トップ  戻る

トップ   戻る